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名も無き場末のスナック

許せない人がいる?大丈夫です、そのうち死にますから。

小3長女が、新しいクラスが嫌だという話をし始めた。
(春にクラス替えがあったのです)

変化に弱い性格なのはよくわかっているのだけど、
いちお、何でか理由を聞いてみた。

今度のクラスは、男子にやんちゃ坊主が多いそう。
(確かにこのクラスの男子は元気が良すぎ、若い女性の担任は
手を持て余し気味らしいという噂は聞いている)

リーダー格の男子がいて、彼が誰かを茶化したりからかったりすると
すぐに数人の男子が同調して騒ぎ立てるのだという。

まあ、小学生男子にはよくある光景なんだろうけど。

「男子って幼いのよ。特に好きな女の子や可愛い女の子に
からかいたくものなのさ」

と人生の先輩風を吹かせてアドバイスした小夜子。
が、娘の心にはあまり響かない模様。

「全くさ、なんであんなふうに人が嫌がることを言ったりするんだろう~!!」

話しているうちに怒りの感情がこみ上げてきたらしい、わが娘。

「いるよいるよ、そういう奴。
ママの時もいたなあ。桑田(仮名)って男」

すると

「桑田って誰?どんな人?何されたの???」

目を輝かせて、食いついてきた娘。
そこ食いつくんかー

そこで久しぶりに思い出したわ。
小中学校が同級だった、桑田のこと。

桑田はいわゆるやんちゃ坊主で、
いや、坊主なんて言葉は似合わないくらい、性格の悪い意地悪な男。
中学生になるとあきらかに「ヤンキー」の風貌を醸し出していた、不良少年。

彼を筆頭に取り巻きの男子(こちらは、やんちゃ坊主と呼んでいいだろうレベル)
がいつもグループを作っており、
中学生くらいになると、いじめも頻繁に起こっていた。

大人しい男子が標的になるのはもちろん、
グループを抜けようとした仲間の男子が、みんなの前でパンツを下ろされたなんて事件もあった。

桑田はどこからどう見ても嫌な奴だったが、みんなが恐れる存在でもあった。
怒らせたら何をされるか分からない、不良独特の威圧感を持っていた。

女子にはさすがに体に触れるようないじめはなかったものの、
桑田からのあからさまなからかい(いじめの一種と思う)はしょっちゅう。

小夜子は旧姓が変わった苗字であったことから、いつも馬鹿にされた呼び方をされていたわw

悔しいが桑田は、ヤンキーによくある(と思われる)運動神経は抜群な男だったので、
マラソン大会なんて、前の方でゴールする。

で、最後の方にゴールした奴らを、あからさまに馬鹿にして大笑いしている。

「うっわー、やっべー、あいつまじ馬糞だな~。ひゃっひゃっひゃっ。」

私が笑われたかどうかはすっかり覚えていないのだけど、
人を見下した下品な笑い声は今も思い出せる。

私の親友Yは、桑田と同じクラスの期間が長かったので、
私の倍くらい、嫌な思いをしたようだった。

美人で頭も良く、吹奏楽部でも活躍していたY。
桑田の分際で、何をネタにYをからかうことができたのか、
今となっては不思議でならない。

でも、そんな不思議が当然のようにまかり通るのが、学校(義務教育)という狭い社会である。
だから私は学校が嫌いであり、大人になって本当に良かったとしみじみ思ってる。

桑田は、ヤンキーが集まるような地元の高校に進み、
その後はとび職かなにかの、職人になったと聞いた。

とにかく、無礼で品のない嫌な奴だった。
中学を卒業してからは、ほとんど思い出すこともなかったけれど。

が、20も半ばを過ぎた頃。
ふいに桑田の話が私の母の口から出てきた。
その頃、私の母と桑田の母はパート先が同じだったのだ。

桑田が死んだ。

仕事中に、工事現場の足場から落っこちて。

彼はすでに結婚し子供もいたそうだ。

葬式の時には、幼い子供と、さらに二人目を妊娠中の彼の奥さんがいたが、
終始うつむいて顔をあげることはなかったらしい。

そんなエピソードを母から聞いたとき、私はすでに大人になっていた。
桑田ほどあからさまではないけれど、嫌な人間にも出会ってきた。

あからさまではない「悪」の闇深さもうすうす感じるようになっていたし、
今となっては
桑田にも色々あったのだろうと、想像を巡らせることも出来るくらいにはなっていた。

けれど、桑田の悲報を聞いた時に真っ先に浮かんだ言葉は
決して美しいものではなかった。

親友Yに、桑田の死を告げたところ、
彼女の口から出たのは、私が思ったものと全く同じだった。

「ばちが当たったんだね」

そう、ばちが当たったんだよ。

死んだ人に対して、不謹慎なのは分かっているけれど
それが正直な本音なのだ。

・・・・・・・・・・

という桑田エピソードを娘に話した今夜。

刑事ドラマ大好きな娘は

「それで???桑田は誰に殺されたの??」

と興味津々だったけど、いや、違うからw
恨みをかって殺されたわけじゃないよ。
ただの事故死だからね。

けれど、ママは信じている。

人から恨まれるような嫌なことをしたら、
それはいつか巡り巡って自分に悪いことが返ってくるのだ。

だから、自分は人に嫌なことをしないほうがいいし、

自分が嫌なことをされる立場だったときは、

いつかこいつにはバチがあたるから、可哀想だなあ。

そう心の中で哀れんでおけば良いのだ。

これは、私自身の信念でもある。

騙された、嘘つかれた、いじめを受けた、不倫された、金取られた等等、
大人になっても嫌な人間にも出会ってしまうことはあるだろう。

喧嘩両成敗と言うけれど、
明らかに相手側にほとんどの非がある出来事に出合ってしまうこともある。

私達は聖人じゃない。
理不尽な目にあったらしばらくは落ち込み、怒り、恨み
のたうちまわるような日々を送らざるを得ないこともあるだろう。

それはいたって正常な反応だ。

ただ、その怒りを何年も何年も抱えておくのは
「その人にとって」幸せなことでは決して、ない。

自分が幸せになると決めたとき、怒りも恨みも手放さなければいけない。

相手がしたことが本当に理不尽で許されないことであったとしても、
大丈夫、
それを裁くのは、あなたでも私でもない。

しかるべき時に、しかるべきタイミングで、
おそらくあなたの全く知らないところで、
きちんとバチは当たるから、大丈夫なのです・・・!!!

ああ、可哀想になあ~、って哀れんで、手放して
すっかり忘れて自分が幸せになることだけが、大事なこと。

それが
聖人にはなれない私の、「許し」の方法なのだ。

私なりの、許しについての考察を与えてくれた桑田には
感謝すべきかもしれないな、とふと思う。

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