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名も無き場末のスナック

依存性は死に至る病である。串揚げ屋での出会いが私に教えてくれたこと

小夜子は大学生の時、串揚げ屋でアルバイトをしていたことがある。

新宿の高層ビル、その最上階にあった、夜景の見えるお店。

そんなお洒落なトコで働いてみたくて、フロア(ウェイトレス)に応募したのだった。

ところが、あっけなく落とされて終了(゚д゚lll)ガーン!

だったはずが、数日後電話がかかってきて
「前に雇った人がすぐ辞めたので、やっぱり働いて欲しい」と。

だけど職種は(前に辞めた人の代わりなので)ウェイトレスではなく、厨房。

花の女子大生にも関わらず、制服は真っ白な作業着と前掛け。
(エプロンっつーより、ほんと前掛け、って感じの白い布)

髪はすべて白い帽子の中に収め、見た目は「ザ・職人」

そこでカウンター席に座るお客様に対して、目の前で串を揚げ提供していくという仕事だった。

高層ビルのオサレな店で爽やかにウェイトレス・・・
という妄想とは大幅にずれてしまったが、
学生でありながら、いっちょまえに和食職人に混じって串揚げをするというのも悪くはなかった。

お客さんとの距離が近かったのも、色んな世間話を聞かせてもらえる楽しさがあったし。

でも何よりその職場が好きだったのは、一緒に働くメンバーが良かったから。
(仕事ってこれに尽きるよなー)

頑固な和食職人、というオジさんも、話してみるとおちゃめな一面もたくさんあったし、
同じく学生アルバイトもたくさんいて(ほとんどはウェイトレスだったけどw)
居心地のいい、空間だった。

22時に閉店してからの「まかない料理」も、
揚げに失敗した串や半端な食材を「隠れて食べちゃいなー!」ってもらえるのもw
窓から見える高層からの夜景も、どれも楽しかった。

 

アルバイトの一人に、加藤さん(仮名)というおじさんもいた。

串を揚げる場所(揚げ場)のすぐ後ろは厨房になっていて、
加藤さんは厨房で皿を洗ったり、串揚げの下ごしらえをしたり、していた。

お客さんがいない時は私も厨房に行き、
よく皿洗いを手伝っていたので、加藤さんと一緒にいる時間も長かった。

加藤さんはとても物静かで穏やかなおじさんだった。
おじさん、というけど、当時40代半ばくらいだったと思うから、
今の私とはそんなに変わらない・・・(驚愕)

お喋りなメンバーが多い中、加藤さんはいつも聞き役だった。

バイト仲間も加藤さんのプライベートはよく知らず、
わかっていることは

シングルファザーで男の子(小学校高学年くらい)をひとり育てている、ということ。
以前は大きい会社で営業の正社員をしていた、ということ。

そのくらい。

息子のことを話すときは、いつもちょっとだけ頬が緩み、
おどけながら手を両脇に広げて、
「うちの息子、こーーんなにでぶっちょで、肥満体型だから困ってるんだよー」
と、こぼしていた加藤さん。

何も知らない私は

「父子家庭なのに肥満ということは、きちんとご飯を食べているんだなあ。
加藤さんは家でもちゃんとご飯を作っているんだなあ~!」

とのんきに考えていた。

だけど大人に、母になった今は思う。

毎晩23時頃にお店を出るような生活で、まともな夕飯なんて作れるだろうか。
子供の肥満の多くは、コンビニなどでたやすく手に入る、糖分・油分たっぷりの
お菓子やスナック、ジュースが原因だとも言われている。

もしかしたら、加藤さんの息子も、
お金だけ渡されて、コンビニで好きなものを買って
一人ぼっちで食べる生活だったのかもしれないな、と。
私には知る由もないけれど。

 

寡黙な加藤さんの話で、一つだけ鮮明に覚えていることがある。

それが、富山県の氷見という港だ。

彼は北陸が実家らしく、冬になると息子を連れて富山の氷見港に遊びに行くらしい。
漁港として有名な氷見の魚はとにかく新鮮でとびきり美味しくて、

「あの魚で日本酒をいっぱいやるのが、もうたまんないんだよな~
小夜ちゃんも一度行ってみるといいよ。ほんとにいいところだから、氷見は」

感情を出さない彼が、とても嬉しそうに、美味しそうに話をしている。
息子さんの笑顔も見えてくるようで、私まで嬉しくなるエピソードだった。

そんな実直な性格をボスである和食人(チーフという)に信頼され、
加藤さんは昼間も系列の飲食店で働くようになっていた。

真面目で、丁寧に確実に仕事をこなし、誰にも優しい加藤さん。

私は何も知らない大学生だったけれど、
「こんなに良い人が離婚するなんて、世の中色々あるもんだなあ~」
とまだ見ぬ人生の深さを感じていたものだった。

そんな小夜子も就職が決まり、串揚げ屋のバイトもおしまいになった。
最終日にはチーフから花束を渡されて、堪えきれず、泣いた。

それを見たチーフが慌てふためき、
「泣いっちまったよ、どうしよう!」と店長に助けを求めに行ったのをよく覚えてる(笑)

「小夜ちゃん、社会人がんばってね!」
みんなが笑顔で送り出してくれた最後だったが、
その後私が勤めた会社はブラック企業で、
笑うことをすっかり忘れてしまうような毎日を過ごすことになるなんて
この時は何一つ、想像できなかったな。

ブラック企業の日々は忙しく、疲弊していて
串揚げ屋での楽しい日々を思い出すことも、もちろんなかった。

ようやく会社を辞めて、実家のある東京に戻ってきてしばらくした頃。
当時のバイト仲間のひとり、Gくんと会うことになった。

Gくんは年上の女性と長く同棲していたから、既に結婚しているのかと思いきや、
彼の自由さに愛想を尽かされてフラレてしまったそうな。

そんな傷心から色んな人に連絡をとっていた彼が、たまたま私にもメールをくれたのだった。

二人で飲みに行ったが、思えばGくんとはそんなに親しかったわけでもない。
(彼はウェイターだったので、揚げ場の私とは距離感があった)

なので必然と、話題は唯一の共通である「串揚げ屋」のことになる。
彼は最近まで勤めていたが、バイト仲間のほとんどは既に辞めてしまっていた。

バイト内で付き合ってたあの二人、ついに結婚するんだよ~、
あの子は◎◎に就職が決まって辞めたんだ~、

そんな近況を聞けるのは、とても嬉しかった。

私は自分のブラック企業生活(の余裕のなさ)のおかげで、
以前の友人たちの多くは、音信不通になってしまっていたもので。

チーフは60歳になったけどまだ働いていて、相変わらず頑固で声がでかいよ、
店長は系列の飲食店に異動になって新しい社員がきたんだけどそいつがさ~、

一通りメンバーたちの報告を聞いたあと、ふいに私が口を挟んだ。

「あ、そうだ。加藤さんは?まだバイトしてる?元気にしてるのかな?」

その瞬間、ジョッキを持ったGくんの手が、止まった。

聞いてはいけないことを聞いてしまったと一瞬でわかる、
凍りついた瞬間だった。

 

「・・・知らないの?加藤さんのこと」

何も知らないよ、串揚げ屋の時の友達とは何年も会ってないんだもの。
そう言うと、Gくんは教えてくれた。

 

「もう、いないよ。飛び降り自殺」

今度は私の心臓が凍りつく番だった。

え?とか、まじで?とかの言葉もすぐには出なかったと思う。

穏やかで優しい加藤さんは、何も変わらずあの厨房で皿を洗っているべきなのだ。
それ以外の光景は、私には何も想像ができないのだから。

けれどGくんの口から出てくるエピソードはにわかには信じ難いものばかりだった。

Gくんによると、加藤さんにはもうひとつの顔があったのだ。

それがいわゆる、「ギャンブル依存性」である。

ギャンブルを重ね、借金を重ねに重ねていた加藤さん。
消費者金融はもちろんだけど、
串揚げ屋の人たち-
チーフや店長や、ほかの社員からもお金を借りていたらしい。

そんな借金がかさみ、いよいよ首が回らなくなったところで
ビルから飛び降りてしまったのだそう。

息子はどうしちゃったの?
と聞いたけど、Gくんはそこまでは詳しく知らないと言っていた。

その話が強烈すぎて、その後Gくんとどんな話をしたかもよく覚えていない。
もともと親しい仲でもなかったので、Gくんともあれから一度も会っていない。

そのあと久しぶりに串揚げ屋を訪れてみたのだけれど、
その場所には違うレストランが入っており、串揚げ屋がもう無くなってしまったことがわかった。

それさえ、もう10年以上も前のこと。

けれど今でも思い出す。

テレビで新聞で「氷見港」が映されるとき。
決まって加藤さんの嬉しそうな、穏やかな笑顔を思い出す。
一度は訪れたい場所のひとつであることに、変わりない。

あの時の息子くんはどうなっているのだろう、
そう思うといつも胸がちくりと痛む。

そして今の私には、わかるのだ。
Gくんの話は嘘ではなかったであろうこと、
つまり加藤さんがギャンブル依存症だったのは事実であろうということ。

優しくて真面目な、私の記憶の中の加藤さんも、
ギャンブルで借金を重ね、さんざん迷惑をかけた挙句にひとり身を滅ぼした加藤さんも、

同時に存在したのだという事実を、今は受け入れることができる。

どちらかが偽物なのではなく、両方が真実なのだ。

依存性については私も色んな経験や学びをしてきたので、
それもおいおい記事にしていこうと思っているのだけど、
一つだけ強く信念になっている考えがある。

それは

依存性は死に至る病である

ということ。

ガンやその他の病気のように直接命を脅かすものではないけれど、
依存性は確実に、その人を蝕んでいく。
そして、その人の周りにいる多くの人たちのことも。
誰も幸せにはならない。

じゃあ何ができるのか、と考えても答えは見つからない。

今仮に目の前に加藤さんがいたとしても、私は何も助けられないであろう。
彼が身を滅ぼしていくのを、見守ることしかできないであろう無力さを思う。

それだけ、依存性とは闇が深いものだと私は思っている。

今、自分に出来ることがあるとしたら

依存症の怖さを自分の言葉で伝えること
依存に溺れない生き方を身につけること

なのかな、、、と思いながらも
これ、という決めゼリフが言えない自分に
ただただ無力さを感じてしまうのも本音である。

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