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名も無き場末のスナック

ひとりでも充分に幸せだ、と冬の青空のもとに思う【小夜子のひとりごと】

小夜子は唐突に思ったのだが、

お金も男(性)も子供もお酒もタバコもすべて同じではないだろうか・・・

なんのこっちゃ、って話ですが、

「それ」(=お金なり男なり)があれば幸せ
→裏返せば、それがなければ不幸せ

そんな魔の作用を持つ可能性があるものごと、っていう共通点。

「それ」があれば幸せ

そうなった時点で、依存は始まっているのではないだろうか。

自分自身そのものよりも、上位に来ている「それ」という存在があるということ。

幸せとは何か、
そんな壮大な問いに答えを持たない私だけれど

少なくとも、

自分よりも優先されるべきものを持ってしまった時点で、
常に恐れと不安が隣り合わせになるのは必然であることは、わかる。

何かを得るということは、失う可能性を同時に手にしたことになるのだから。

じゃあ、どうすりゃいいのさってことなんだけど

やはり、「依存」度は低いほうが安定感につながるのは確かだ。

依存度が高いと、自分の人生へのコントロールを失っていく。
だって、私の人生を決めるのは私じゃなくて「それ」(=お金とか男とか酒とか、まあなんでも)なんだもの。

傍から見れば自由に楽しんでいるようにしか見えないくても
依存度が高い人間の、心はとても不自由である。

とすると、やはり目指すべきは

「何もなくても幸せ」という時間を、自分ひとりで少しずつ積み上げていくことなのだろう。

誰とも関わらないということでは決してなくて

誰と過ごすか、過ごさないか
どこにいるか、どこに行かないか
なにをするか、しないか
なにを言うか、言わないか
なにを望むのか、望まないのか

その一つ一つの決定権を、自分以外のものには明け渡さないと決めること。

自分の気持ちや、感覚を、まずは自分自身が耳を澄まして受け止める。

自分という世界を豊かにするのは、自分しかいないんだな~って静かに覚悟を決めてみる。

そんな温かな時間を自分ひとりでも持てるようになってこそ

パートナーや家族や子供がいたら、より楽しいだろうし
お金はより、豊かさを運んでくれるだろうし

その他もろもろ、より人生を彩ってくれるものとして輝いていくんだろう。

とはいえ
雑音だらけの世の中に生きる私たちは、意識しなければ常に外側の圧力に流されていく。
自分にとっての幸せとは何かに気づくことも、
いや、そんな問いを持つこともないままに

「足りない」ものばかり見て、嘆き、憂い、勝手に不幸になっていく。
幸せになるために求めたはずの「それ」は、
それが「ない」ことによる不幸をもたらすものに変化していってしまう。

自分の欲によって得られたものは、失う恐怖だけなのかもしれない。

でもそんな堂々巡りのループに嫌気がさしたなら

次の瞬間から手放す選択だって、できるのだ。
いつだって選択は自分の手の中にあるのだから。

何はなくとも充分に幸せだ・・・!!

そう言える時間を積み重ねていきたいなあと

冬の透明な青空を眺めながら、つくづく思う小夜子でした。

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